2006年04月
2006年04月17日
がん闘病記 その14 クオリティー・オブ・ライフ
放射線科の病棟に引っ越して感じたこと。まず暗い。廊下を歩いていてもすれ違う入院患者さんたちはみんな下を向いて鬱々としています。異様なほど雰囲気が暗い。もっとも、建物も年季が入っていてそれ自体暗い。加えて「なんでこんなに暗いの?」と聞いて回りたくなるほどみんな暗い。
治療が始まれば私もこうなるのか。それほど酷いのか。と、ちょっとめげそうになります。
最近になって病院運営にもQOL(クオリティー・オブ・ライフ)が意識されるようになってきました。これまでの治療効果重視の運営から、より患者の立場に立った治療方法が検討されるようになってきております。しかし、まだまだ道ははるか彼方です。
私は、自分の入院生活をなるべく普段の生活に近い形で過ごしたいと考えました。出歩ける内はなるべく外に出て仕事をしたいし、パソコンとインターネット環境さえ整えれば、あまり不自由なく外部との交流が図られます。
しかし、病院ではそうは考えておりません。医者や看護婦さんは患者に対し、言うことを素直に聞いて治療にだけ専念するように要求してきます。
中には、極めて少数ではありますが、好意的に、臨機応変に対応して下さる方もおられます。実にありがたい。こういう方と出会うと、元気が湧くし、病気と闘おう!という勇気が湧いてきます。
で、放射線科の病室ですが、ちょっと贅沢をして個室にしてもらいました。ところがこれがとんでもない。まず、個室ながら風呂もなければシャワーもない。驚くことにトイレすらない。申し訳程度にお湯を沸かせるだけの小さな台所とちっちゃな冷蔵庫。それに二人が向かい合って座るだけのぼろぼろの応接セット。それにピンク電話。
これで何と、1日1万円に消費税。
とんでもない経営感覚です。今どき、新築のホテルでも、6、7千円で泊まれます。
残念ながらコストバランスのいい個室がないため、不満ながらここに決めざるを得ませんでした。当然ながら、「患者の声」に思いっきり苦言を並べ立てておきました。
もう一つの問題はインターネット環境。いろいろ手を尽くして病院事務局に掛け合い、ISDN回線(当時はADSLや光はまで普及していませんでした)を入れてもらうことが出来ました。たぶん、普通に掛け合ったのでは無理だったでしょう。これまた、患者にとっては大事な生命線です。応援して頂いた皆さんに感謝です。
外部とどうやって情報を繋ぐか。中には電話にかじり付き、毎日指示を出しながら入院生活を続けている会社経営者もおられます。病院にとっては治療の邪魔でしかない外部との接触ですが、患者にとっては闘病中といえども生活がかかった大事な毎日です。まして、インターネットから病と闘うための貴重な情報を得ている患者さんもおられます。
当時、大学病院では新西病棟を新築中でした。そこで、患者の声を聞く提案箱に各ベットサイドにブロードバンドの端末を設備するよう書いてみました。新築工事中にダミーの配管さえしておけばあとでいかようにも使えます。しかし、残念ながら不採用でした。
今どき、ホテルでさえインターネット環境が選択基準の一つになっています。新たに病院建設を考えておられる事業者の皆さんは、患者の立場に立ち将来を見据えて計画を立てていただきたいと願っております。
病院関係者の皆さんには、患者にとって「自分はまだ社会と繋がっている。」この感覚がどれほど重要なことか、是非理解して頂きたいと思っています。
治療が始まれば私もこうなるのか。それほど酷いのか。と、ちょっとめげそうになります。
最近になって病院運営にもQOL(クオリティー・オブ・ライフ)が意識されるようになってきました。これまでの治療効果重視の運営から、より患者の立場に立った治療方法が検討されるようになってきております。しかし、まだまだ道ははるか彼方です。
私は、自分の入院生活をなるべく普段の生活に近い形で過ごしたいと考えました。出歩ける内はなるべく外に出て仕事をしたいし、パソコンとインターネット環境さえ整えれば、あまり不自由なく外部との交流が図られます。
しかし、病院ではそうは考えておりません。医者や看護婦さんは患者に対し、言うことを素直に聞いて治療にだけ専念するように要求してきます。
中には、極めて少数ではありますが、好意的に、臨機応変に対応して下さる方もおられます。実にありがたい。こういう方と出会うと、元気が湧くし、病気と闘おう!という勇気が湧いてきます。
で、放射線科の病室ですが、ちょっと贅沢をして個室にしてもらいました。ところがこれがとんでもない。まず、個室ながら風呂もなければシャワーもない。驚くことにトイレすらない。申し訳程度にお湯を沸かせるだけの小さな台所とちっちゃな冷蔵庫。それに二人が向かい合って座るだけのぼろぼろの応接セット。それにピンク電話。
これで何と、1日1万円に消費税。
とんでもない経営感覚です。今どき、新築のホテルでも、6、7千円で泊まれます。
残念ながらコストバランスのいい個室がないため、不満ながらここに決めざるを得ませんでした。当然ながら、「患者の声」に思いっきり苦言を並べ立てておきました。
もう一つの問題はインターネット環境。いろいろ手を尽くして病院事務局に掛け合い、ISDN回線(当時はADSLや光はまで普及していませんでした)を入れてもらうことが出来ました。たぶん、普通に掛け合ったのでは無理だったでしょう。これまた、患者にとっては大事な生命線です。応援して頂いた皆さんに感謝です。
外部とどうやって情報を繋ぐか。中には電話にかじり付き、毎日指示を出しながら入院生活を続けている会社経営者もおられます。病院にとっては治療の邪魔でしかない外部との接触ですが、患者にとっては闘病中といえども生活がかかった大事な毎日です。まして、インターネットから病と闘うための貴重な情報を得ている患者さんもおられます。
当時、大学病院では新西病棟を新築中でした。そこで、患者の声を聞く提案箱に各ベットサイドにブロードバンドの端末を設備するよう書いてみました。新築工事中にダミーの配管さえしておけばあとでいかようにも使えます。しかし、残念ながら不採用でした。
今どき、ホテルでさえインターネット環境が選択基準の一つになっています。新たに病院建設を考えておられる事業者の皆さんは、患者の立場に立ち将来を見据えて計画を立てていただきたいと願っております。
病院関係者の皆さんには、患者にとって「自分はまだ社会と繋がっている。」この感覚がどれほど重要なことか、是非理解して頂きたいと思っています。
がん闘病記 その13 骨シンチとフェイスマスク
H10.11.24(火)入院7日目
「H10.11.12(木).上咽頭がん4期の告知 同11.18(水)入院」
がんの骨への転移を調べる検査が「骨シンチ」。
骨シンチとは、アイソトープ(弱い放射能を持つ同位元素)が骨転移のある部位に集積(取り込まれる)するという性質を使い、事前に放射性同位元素を体内に注射し、一定時間経過後にレントゲン写真で観察する検査方法です。
被爆量が少ない短い半減期の放射線同位元素を使い、通常ですと注射後3時間程度でレントゲンを撮ります。
今回は、入院7日目の24日に注射を打ち、3日後の27日に検査です。
RI(核医学)検査の施設は核医学管理区域内にあります。
注射のあとを押さえる脱脂綿(ではない特殊な紙でしたが)用のゴミ箱も管理されています。
放射線同位元素の注射は、管理上ちょっと物々しいだけで、普通の静脈注射と変わりありません。注射後とたんにパワーアップする、なんてこともありません。
11月26日(木)入院9日目に、耳鼻科で例の高橋女医に最後の診察(その後細いファイバースコープを用意して貰いました)を受け、原病巣は扁桃腺近くまで進行しているとの状況を聞いた後、10時頃1階の放射線科に転科しました。
最初の仕事は、入院が長引くことを考え、何とかインターネット環境を整えること。幸い個室なのでピンク電話が置いてあります。この電話への回線が4本線。電話で使っているのは2本だけ。2本空いてます。これは使えそうです。
ありがたいことに、パソコン通信時代からの友人の医師が、放射線科の担当医に依頼をしてくれていて「話は既に聞いてます」とのこと。とりあえずはノートパソコン用にPHSカードを用意することに。
午後は放射線治療に備え、治療計画室でフェイスマスク作り。放射線を正確に患部に照射するために頭部を固定するフェイスマスクを作り、3次元グラフィックス画面で照射角度をシミュレートし、照射箇所にマーキングをしていきます。マスクの部分はともかく、首から下の部分は直接胸にマジックでターゲットを描き込まれてしまいました。ほとんどまな板の鯉状態です。他の器官への影響をなるべく抑えながら、どれだけ原病巣を叩けるか。この作業が放射線科医の腕の見せどころです。
きっと、3Dグラフィックスのシューティングゲームなどに現を抜かしている子ども達を鍛えれば素晴らしい放射線医が生まれることでしょう。
27日(金)骨シンチ測定。3日前に体内に注射したガリウムを測定器で受けて映像化。1回5分。8枚。所用時間約1時間ほどで検査終了。
「H10.11.12(木).上咽頭がん4期の告知 同11.18(水)入院」
骨シンチとは、アイソトープ(弱い放射能を持つ同位元素)が骨転移のある部位に集積(取り込まれる)するという性質を使い、事前に放射性同位元素を体内に注射し、一定時間経過後にレントゲン写真で観察する検査方法です。
被爆量が少ない短い半減期の放射線同位元素を使い、通常ですと注射後3時間程度でレントゲンを撮ります。
今回は、入院7日目の24日に注射を打ち、3日後の27日に検査です。
RI(核医学)検査の施設は核医学管理区域内にあります。
注射のあとを押さえる脱脂綿(ではない特殊な紙でしたが)用のゴミ箱も管理されています。放射線同位元素の注射は、管理上ちょっと物々しいだけで、普通の静脈注射と変わりありません。注射後とたんにパワーアップする、なんてこともありません。
11月26日(木)入院9日目に、耳鼻科で例の高橋女医に最後の診察(その後細いファイバースコープを用意して貰いました)を受け、原病巣は扁桃腺近くまで進行しているとの状況を聞いた後、10時頃1階の放射線科に転科しました。
最初の仕事は、入院が長引くことを考え、何とかインターネット環境を整えること。幸い個室なのでピンク電話が置いてあります。この電話への回線が4本線。電話で使っているのは2本だけ。2本空いてます。これは使えそうです。
ありがたいことに、パソコン通信時代からの友人の医師が、放射線科の担当医に依頼をしてくれていて「話は既に聞いてます」とのこと。とりあえずはノートパソコン用にPHSカードを用意することに。
きっと、3Dグラフィックスのシューティングゲームなどに現を抜かしている子ども達を鍛えれば素晴らしい放射線医が生まれることでしょう。
2006年04月13日
市役所の桜開花宣言
開花が待たれる市役所の桜並木。昼休みにカメラ片手にまわってきました。
名取市役所は実は桜の名所でもあります。
咲いていました。開花宣言です。
まだ、ほんの少しですが今日の暖かさで咲き始めたようです。15日の土曜日は朝9時から市役所前広場を中心に「なとり春まつり」が開催されます。
出店、ステージ(よさこい、すずめ踊り、空手演武、今熊野神社神楽)ゆりあげ港朝市、農産加工連の出店もあります。
ぜひご来場ください。
isoo_sasaki at 12:51|この記事のURL
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2006年04月10日
モナッシュ市役所訪問
マウントウェーバリー校との友好協定調印後は、地元のモナッシュ市役所を訪問しました。モナッシュ市は人口16万6000人。市役所玄関の二階部分が議場と市長執務室。
エントランスホールはなかなかモダンです。
議場はガラス張り。議場前のロビーからも中が見えます。手前に並んだイスは傍聴席。当然ですが、市民の関心が高い議題の時は傍聴者も増えるそうです。
市長の執務は時間拘束なしの非常勤。ネットを使って自宅と市役所とを使い分け、自由に仕事をしております。実は、日本の首長も同様に時間拘束がありませんが、なかなかこのようにはいきません。
市長が不在の時、執務室は施錠されていました。
ガラス張りの議場内部。議員は11人。執行部も馬蹄型の同じ席に座ります。議員の任期は3年。市長の任期は1年で、11人の議員の中から議員の選挙で選任されます。ジョイ・バナージ市長は2期目(2年目)ということです。議会は3週毎の火曜日の夜に開かれ、議長は市長が務めます。
議長席から見た傍聴席とガラス張りのロビー。市の実質的な運営は、チーフ・エグゼクティブ・オフィサー(CEO)があたります。CEOは、専門の知識・経験を有する人材をヘッドハンティングし、市長と議会で選任します。地方自治体にはそれぞれ独自のルールがあり、同じビクトリア州の州都メルボルンの市長は、一般市民による公選で選ばれます。
なぜ自治体毎にルールが違うのか?
それは、それぞれの歴史によるものとのことです。
議長席に座ったモナッシュ市長と一緒に一枚。これからも、末永いお付き合いができれば幸いです。
外に出ると、土砂降りのシャワー。オーストラリアの天気は気まぐれです。isoo_sasaki at 23:13|この記事のURL
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2006年04月09日
(仮称)ダイヤモンドシティー仙台名取ショッピングセンター起工式
4月8日(土)関下土地区画整理組合のダイヤモンドシティー建設予定地内で、起工式が執り行われました。
ダイヤモンドシティーの鯛洋三社長は神事のあとの挨拶で「この地は3年前に最初に訪れてからの縁。土地の広さや用途区域の変更も私たちの希望通りに進み、地権者の皆さんにもご協力頂き感謝している。このショッピングセンターは来年2月末にはオープンしたい。3月にグランドオープンの予定。
建設にあたっては元請けが三菱商事で、実際の工事は大成建設と西松建設にお願いすることになった。敷地は4万8千坪。その内1万8千坪は保留地を買取り、3万坪は地主の皆さんからお借りすることになった。これから長い付き合いになりますのでよろしくお願いします。
ショッピングセンターは両脇に大規模店舗を配置し、その間を160の専門店を誘致して作る。地元の元気なテナントにも是非入っていただきたい。
このショッピングセンターは年齢、体の大小、障害のあるなしにかかわらず、すべての方に優しいユニバーサルデザインを採用し、日本一お客様に優しい施設を提供したいと思っている。
名取市のHPで佐々木市長は、市役所は市民の役に立つ人がいる所、また、笑顔で応対する市役所をモットーにされておられる。我々も、市民の皆さまのお役に立つショッピングセンター、笑顔でお客様を迎えるショッピングセンターを創ることをお約束します。」との趣旨で述べておられました。
工事の無事を祈るとともに、地元にとって真に歓迎すべき施設となりますよう、願っております。
isoo_sasaki at 03:27|この記事のURL
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マウントウェーバリー・セカンダリーカレッジとの友好協定締結式
オーストラリアに行ってきました。1995年から交流を続けているビクトリア州メルボルン郊外のモナッシュ市にあるビクトリア州立マウントウェーバリー・セカンダリーカレッジとの友好協定締結が目的。
中学生海外派遣団の一行は3月29日に日本を発ち、シドニーで研修を積んだのち、4月1日マウントウェーバリー校に着き、4日間それぞれのホストファミリーのお宅でホームステイさせてもらっていました。
調印式は、5日午前9時30分からモナッシュ市のジョイ・バナージ市長立ち会いのもと、校内の日本庭園風の中庭で行われました。会場には名取市からの派遣団員とマウントウェーバリー校ホストファミリーの子ども達も参列。グレン・プロクター総長と名取市長が挨拶をし、それぞれプレゼントの交換です。名取市からは鯉のぼりを持参しました。
そのあと、友好協定書にサイン。
真ん中は、モナッシュ市のジョイ・バナージ市長さん。
友好協定締結の記念に、中庭に桜の木を3本植樹しました。
揃って記念写真マウントウェーバリー校は素晴らしい学校です。この学校との交流が今後とも続けられることは名取の子ども達にとって大きな財産になります。
お世話になったマウントウェーバリー校の皆さんに心からの感謝を捧げます。
isoo_sasaki at 02:22|この記事のURL
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2006年04月03日
新規採用職員
4月は人事異動の季節です。今日、それぞれの部署で4月1日付け異動の辞令交付式が行われました。
昇任昇格や配置換えなどの異動の他に、今年は新規採用者8名、県からの派遣1名の方に辞令を交付いたしました。
十分に研鑽を積んで、市民の方々から寄せられる負託に応えていけるよう職務に精励してもらいたいと願っております。
どうぞ、ご期待下さい。
これから、マントウェーバリー校との友好協定締結式のためオーストラリアに行ってまいります。結構、慌ただしい時間です。
では、
isoo_sasaki at 15:23|この記事のURL
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退職者を送る会
今日3日から本格的に新年度がスタートしました。
ちょっと掲載が遅れてしまいましたが、その前に、年度末31日にこれまでお勤めいただき、3月末で退職なされた職員を送る会が名取市職員互助会の主催で開かれました。
42年勤続の方が3名、41年1名、40年1名、30年以上の方が3名。それと宮城県からの派遣職員であった黒澤君を含め計10名の方々が退職なされました。これまで、名取市政発展のため、市民のためにお勤めいただきまして、本当にありがとうございました。
それぞれの胸には、語り始めたらきりがないほど多くの思い出が詰まっていることでしょう。本当にご苦労さまでした。
新たな人生の船出を祝しながらお見送りさせていただきました。
ちょっと掲載が遅れてしまいましたが、その前に、年度末31日にこれまでお勤めいただき、3月末で退職なされた職員を送る会が名取市職員互助会の主催で開かれました。42年勤続の方が3名、41年1名、40年1名、30年以上の方が3名。それと宮城県からの派遣職員であった黒澤君を含め計10名の方々が退職なされました。これまで、名取市政発展のため、市民のためにお勤めいただきまして、本当にありがとうございました。
それぞれの胸には、語り始めたらきりがないほど多くの思い出が詰まっていることでしょう。本当にご苦労さまでした。
新たな人生の船出を祝しながらお見送りさせていただきました。
isoo_sasaki at 15:10|この記事のURL
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