2006年10月

2006年10月23日

がん闘病記 その17 オプティミスト

H10.12.1(火)入院14日目

念のために
 これは今から8年前、平成10年のことです。

「H10.11.12(木).上咽頭がん4期の告知 同11.18(水)入院」

朝食を済ますと、病院での初めての入浴です。朝一番なので広い浴場を一人で独占。
風呂から上がると、主治医N先生の回診。実は、昨日の夕方から顎の上の方、耳の下の部分を触ると少し痛みを感じだしていました。先生に聞くと、「唾液腺は照射の数時間後にはダメージが来る。」という。「それは正常というか、仕方がないことだ。」とのこと。これから放射線治療の影響がどこまで出てくるのか、少し不安を感じます。
大抵の痛みは、ここまで、という限度が分かっていれば耐えられます。ただ、その痛みがどこまで酷くなるのか分からないと怖いのです。

午後2時から放射線治療の二日目。照射は昨日とまったく同じ手順で同じように。

夕方になると顎の裏側の唾液腺が腫れ、押すと痛みが走りますが、口の渇きはまだ大丈夫のようです。
見舞いに来ていた家族が帰ったあと、近くの新坂通幼稚園まで散歩。そこには以前から大変お世話になっている大先輩の園長先生がいらっしゃる。園に着くと園長先生は今まさに外出しようとしているところ。私のところに見舞いに来てくださるところだという。そんなことで、一緒に病院まで戻ることになりました。

新坂通幼稚園園長先生お花や、水濾過用の竹炭、その他身体に効きそうなサプリメントをいろいろ頂く。いつも息子のように心配して下さってる先生の優しさがとっても嬉しい。

放射線治療も始まり、一人前の患者らしくなってきました。インターネット環境はまだPHSでやっと繋がる状態ですが、いつもの友人たちとの糸も繋がっており、毎日引きも切らずやって来てくれる見舞客に飽きることもなく過ごす毎日。その上、主治医の先生はネット仲間の元同僚ということもあって、病室を訪れるたびにコンピューター談義に花が咲きます。

がんがこのまま進行して死に至るのか、治療が功を奏して治るのか、などという、普通なら考えそうな不安はまったくといっていいほどありませんでした。

オプティミスト・ディンギーヨットの世界で、世界中の子ども達が乗っている艇があります。『オプティミスト・ディンギー』という艇種で意味は楽天家。きっと私は生来のオプティミスト(Optimist)なんだと思う今日この頃です。

isoo_sasaki at 01:33|この記事のURLComments(8)がん闘病記