2006年02月09日

がん闘病記 その4 病院選択

「H10.11.12(木).上咽頭がん4期の告知」

T先生持つべき友は医者と弁護士。よくこのように言われております。がんのような病を得て、初めてその本当の有りがたさを知ることになります。平成12年に「新世紀みやぎ国体」が開催されました。我が名取市では、ラグビー、ライフル射撃、高校野球、セーリングの4種目が開催されましたが、私は閖上で開催されることになったセーリングに関わっていました。平成4年秋に、名取市が国体セーリングの候補地となり、それ以来地元の窓口としてお世話役をさせて頂いておりました。その宮城県セーリング連盟理事長がT医師。当時は泌尿器科の勤務医でしたが、東北大学医学部の客員教授としても活躍しておりました。

がんの告知を受けたその日の内にメールで相談に乗ってもらいました。がんセンターでは検査の順番待ちで、治療まで時間が掛かること。また、地元ゆえの事情でゆっくり静養するのは難しそうなこと。その他、いろいろ考慮した末、仙台の東北大学医学部附属病院のお世話になることにしました。今でもそうですが、県立がんセンターと東北大学医学部では、先生たちの人事交流が盛んで、がんセンターにいた先生が次の診察では大学病院にいる、などということはよくあることです。

告知の翌日13日(金)に再度がんセンターに行き、大学病院宛の紹介状を書いてもらいました。実は、患者にとってここがこらえどころ。折角がんの診断をしてくれた病院を断って他に移るということは、なかなか難しいことです。しかし、病院のために患者がいるのではなく、患者自身のために病院があるべきなのです。自分で自分の環境を選択すべきなのです。命を賭けた病との闘いなのですから、本来余計な遠慮は無用のはずです。

持つべきものは良き友です。T先生は、大学病院の耳鼻咽喉科の教授と16日(月)夜にたまたま会うことになっていたそうで、そこで直接私のことを依頼して下さり、その翌日17日(火)に受診できるように段取ってくれました。
受診の前に画像が必要です。大学ではとても無理なので、大学病院の隣にある画像診断の専門クリニックに予約を入れてくれ、MRIとX線CTの画像を撮ってくれるように手配。本当にあっという間の早業でした。


isoo_sasaki at 23:56 │Comments(0)がん闘病記 

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