2006年02月13日
閖上名産 ブランド赤貝の復活を
最近は頻繁に村井知事にお会いします。2月9日には県内の市長会との知事懇談会。翌10日には亘理名取の2市2町の首長との懇談会。
9日の懇談会では名取市長として、閖上沖で採れる名産品の「赤貝」についてのお願いをさせてもらいました。ひところグルメブームに乗ってテレビで寿司ネタの赤貝が話題になっていると、その産地として必ず「閖上(ゆりあげ)」が紹介されておりました。この閖上の地名が読めるかどうかが通としてのバロメーターになるほどでした。
ところが最近、この赤貝の漁獲高が激減してしまいました。宮城県でも平成15年から17年度まで3ヶ年にわたって、原因の調査や対策を検討しているところで、一部には低酸素やら採りすぎによる資源枯渇やらと言われております。
一方、仙台湾では全域にわたってヒトデが異常繁殖しております。爪の付いた赤貝採りの道具で曳くと、2〜30分で何トンものヒトデが採れるというほど異常な状態です。
これを放置しておくわけにはいきません。
何とかかつて名をなしたブランド赤貝を復活させねばなりません。本来、地元の漁業協同組合で対応できればいいのですが、残念ながらすでにその体力がありません。県では水産試験場もあり、地元に東北大学もあります。それこそ産学官あげて取り組めば難しい事業ではないはずです。
青森県の陸奥湾にある川内町漁協のように、2001年から赤貝の養殖に取り組み成果を挙げているところもあります。
閖上はかつて漁業のまちとして栄えておりました。伊達の城下町に海の幸を届ける台所の役を果たしておりました。いまでも五十集(いさば)と呼ばれる背負子を背負って行商に歩くおなご集が現役で残っております。しかし、一方では漁業家の高齢化が進み、このまま閖上の沿岸漁業が廃れていくのか、と思っていたところ、
このような20代、30代という若手の後継者が船に乗るようになってくれました。何とかして、この後継者たちが安心して跡を継げるようにしてあげたい。これは本当に切なる願いです。
そのためには、一日も早い解決策を出して貰いたいと願っております。
村井知事! 頼みますよー
9日の懇談会では名取市長として、閖上沖で採れる名産品の「赤貝」についてのお願いをさせてもらいました。ひところグルメブームに乗ってテレビで寿司ネタの赤貝が話題になっていると、その産地として必ず「閖上(ゆりあげ)」が紹介されておりました。この閖上の地名が読めるかどうかが通としてのバロメーターになるほどでした。ところが最近、この赤貝の漁獲高が激減してしまいました。宮城県でも平成15年から17年度まで3ヶ年にわたって、原因の調査や対策を検討しているところで、一部には低酸素やら採りすぎによる資源枯渇やらと言われております。
一方、仙台湾では全域にわたってヒトデが異常繁殖しております。爪の付いた赤貝採りの道具で曳くと、2〜30分で何トンものヒトデが採れるというほど異常な状態です。
これを放置しておくわけにはいきません。
何とかかつて名をなしたブランド赤貝を復活させねばなりません。本来、地元の漁業協同組合で対応できればいいのですが、残念ながらすでにその体力がありません。県では水産試験場もあり、地元に東北大学もあります。それこそ産学官あげて取り組めば難しい事業ではないはずです。
青森県の陸奥湾にある川内町漁協のように、2001年から赤貝の養殖に取り組み成果を挙げているところもあります。
閖上はかつて漁業のまちとして栄えておりました。伊達の城下町に海の幸を届ける台所の役を果たしておりました。いまでも五十集(いさば)と呼ばれる背負子を背負って行商に歩くおなご集が現役で残っております。しかし、一方では漁業家の高齢化が進み、このまま閖上の沿岸漁業が廃れていくのか、と思っていたところ、
このような20代、30代という若手の後継者が船に乗るようになってくれました。何とかして、この後継者たちが安心して跡を継げるようにしてあげたい。これは本当に切なる願いです。そのためには、一日も早い解決策を出して貰いたいと願っております。
村井知事! 頼みますよー
isoo_sasaki at 00:36
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