2006年02月26日
がん闘病記 その7 教授診察
「H10.11.12(木).上咽頭がん4期の告知」
画像診断の翌日、11月17日(火)フィルムを持参して東北大学附属病院で教授の診察を受けました。当時、耳鼻咽喉科の教授をなさっていた高坂知節先生は、昨年(2005)の4月から東北文化学園大学の学長に就任なさっております。時代を感じますね。
診断の結果、だいぶ進行した上咽頭がん。おおよその治療方法として、放射線治療で週に5回、7週間で計35回程度の照射が必要。治療の担当は洲崎先生のグループ。
早速、翌日に入院するように。ということで、当日は心電図、胸部レントゲン検査を受けて一旦帰宅。
がんが本当に現実のものとなって迫ってきました。
担当となった洲崎医師は、大学病院を紹介してくださったT先生と以前同じ病院で勤務していたことがあり、そこで世話になっていたということで、ここでも出会いのありがたさに感謝。
帰宅後、家族5人と店で事務を担当してくれている恒ちゃんや、他の友人たちでお寿司をとって晩餐会。みんな、それぞれに複雑な心境でした。その後、人形劇公演のオルグで名取に来ている旧知の担当者を囲んで、友人宅で懇親会。がんの末期とはいえ、症状はほとんど無いに等しい状態で、予定されている治療と、目の前に繰り広げられている飲み会の喧噪とのギャップがなかなか埋められない。無理とは知りつつ、このまま時が止まってくれることを願ったりしていました。
画像診断の翌日、11月17日(火)フィルムを持参して東北大学附属病院で教授の診察を受けました。当時、耳鼻咽喉科の教授をなさっていた高坂知節先生は、昨年(2005)の4月から東北文化学園大学の学長に就任なさっております。時代を感じますね。
診断の結果、だいぶ進行した上咽頭がん。おおよその治療方法として、放射線治療で週に5回、7週間で計35回程度の照射が必要。治療の担当は洲崎先生のグループ。
早速、翌日に入院するように。ということで、当日は心電図、胸部レントゲン検査を受けて一旦帰宅。
がんが本当に現実のものとなって迫ってきました。
担当となった洲崎医師は、大学病院を紹介してくださったT先生と以前同じ病院で勤務していたことがあり、そこで世話になっていたということで、ここでも出会いのありがたさに感謝。
帰宅後、家族5人と店で事務を担当してくれている恒ちゃんや、他の友人たちでお寿司をとって晩餐会。みんな、それぞれに複雑な心境でした。その後、人形劇公演のオルグで名取に来ている旧知の担当者を囲んで、友人宅で懇親会。がんの末期とはいえ、症状はほとんど無いに等しい状態で、予定されている治療と、目の前に繰り広げられている飲み会の喧噪とのギャップがなかなか埋められない。無理とは知りつつ、このまま時が止まってくれることを願ったりしていました。
isoo_sasaki at 23:24
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