東日本大震災
2011年05月10日
仮設住宅の紹介その3(美田園地区)
美田園第一団地はアクセス鉄道美田園駅のすぐ北側。右端に駅が見えます。
屋根も鉄板ではありません。
建設は埼玉県越谷市に本社があるポラテックが担当しています。
ちゃんと天板と扉がついています。
建設戸数は128戸。5月29日(日)に入居説明会と鍵の引き渡しを行う予定です。
美田園駅の南側に位置し、ここも駅のすぐそばです。
建設は住友林業が担当。120戸が建設され、ここも5月29日に入居説明会と鍵の引き渡しを行う予定です。
下増田小学校の新設したグランドの西端に建設中です。
ここも木造住宅で、センケンホームが担当しており27戸の建設予定で、5月下旬に業者から引き渡される予定ですので、ここでも5月中に入居ができそうです。
名取市では、今回ご紹介した応急仮設住宅の他に、県営住宅19戸、内訳は名取田高6戸、名取増田1戸、名取が丘地区12戸に入居が可能で、新規に建設した仮設住宅は、これまでの地域コミュニティを維持するために、概ね町内会単位で入居していただき、県営住宅と雇用促進住宅については、個別の対応を取らせて頂いております。
いずれにしましても、ほとんどすべて、5月中に入居ができるよう担当職員一同、頑張って取り組んでおりますので、もう少しだけお待ち下さいますようお願いいたします。
がんばろう! 名取!
仮設住宅の紹介その2(雇用促進住宅)
応急仮設住宅には、名取が丘にある「雇用促進住宅愛島宿舎」も利用することになりました。
画面の中央下に位置しており、閖上小学校・中学校が仮に設置された不二が丘小学校に一番近い位置にあります。
この雇用促進住宅は空き家政策をとっており、新規の入居を受け付けておりませんでしたが、応急仮設住宅として利用するため運営に当たっている(財)雇用振興協会で費用を負担し、すべての部屋を全面改装して入居可能の状態にしてくれました。
入居は公営住宅を希望された方や、閖上小中学校に通う児童生徒がいる世帯が対象となります。
すでに対象者には入居説明会の案内を発送しており、5月14日(土)に説明会を行い、鍵の引き渡しを行う予定です。
今回は第1次完成分の80戸のうち47戸に入居する予定となっております。
2011年05月08日
仮設住宅の紹介その1(箱塚・愛島東部)
ご覧のように、すでに入居を始めた「箱塚桜」の近くにある箱塚グランドに「箱塚屋敷団地」と、警察学校の東側に「愛島東部団地」を建設中です。
箱塚屋敷は桜と同様のダイワハウスが建設を担当しております。ですから、作りは一緒。
このようにグランドの入り口近くに集会所も建てられております。
ハイムのアパート仕様の二階部分をそのまま設置する、ということです。
2011年05月06日
仮設住宅第1期分入居
4月始め、桜が咲き始めた頃に応急仮設住宅の第1期工事分の建設が始まりました。
5月3日に最初の入居説明会を行いました。
入居申込手続き。
一緒に電話の申込や電気の契約、新聞購読の配達場所変更などの手続きも行います。
これが第1期工事分「箱塚桜団地」の配置図です。
5月5日に、入居を始めた箱塚桜団地に行ってきました。
子ども達の元気が何より嬉しく感じます。
私と同じ消防団で活動していた秀ちゃん。
新居を拝見してきました。
台所に冷蔵庫、洗濯機、レンジや炊飯器が並んでいます。全部支給品です。ただし、台は全部自前で揃えたそうです。
洗濯機
電子レンジ
炊飯器
液晶テレビ
エアコン
トイレと浴室
工事完了時の押し入れ
実際に物を納めてみると上段の棚が必要です。大工さんに頼んで付けてもらったそうです。
台所、ガスはプロパンガスで集中管理です。
外の物干し。
バリアフリーの住宅もあります。
この通り、車イスでも大丈夫。
それにしても、あの大惨事の中、よく無事で助かりました。本当によかった。
私の隣にいる耕一さんも同じ消防団の仲間でした。「理容オバタ」のご一家。
仮設住宅の中に、早速仮設理容店を開設していました。
理容組合や遠く静岡からハサミや洗髪台などの支援を頂いたそうです。
出来るところから、みんなでちょっとずつ元気に! です。
団地の名前をもらった「桜」がまだ見守っていてくれています。
お陰さまで、新しい第一歩を踏み出すことができました。
残りの仮設住宅も5月中に完成するよう頑張って取り組んでおりますので、もう少しだけお待ち下さい。
2011年04月12日
なとり災害FM局「なとらじ」開局記念挨拶
おはようございます。名取市長の佐々木一十郎です。本日4月10日、名取市災害コミュニティFMラジオ局が開局されました。FM局の愛称は「なとらじ はちまるいち」80.1MHzで災害情報を含めた生活情報など、名取市のローカル情報を提供してまいります。どうぞ、この放送をお聞きの皆さまは、ご家族やお知り合いに、この地元のFM局のことをお伝え頂きますようよろしくお願いいたします。
さて、時の流れは早いもので、あの地震・津波から1ヶ月目を迎えようとしております。巨大津波によって、閖上のまちが、そして下増田・北釜のまちが壊滅的な被害を受けました。被災者の方々は、避難所となった閖上中学校の屋上から、目の前でご家族が、友人たちが、まちの人たちが津波にのみ込まれていく姿をどれほど辛い思いで見送ったことでしょうか。あの惨事から1ヶ月経過した今日も、災害現場では行方不明者の捜索活動が続けられております。昨日までに発見されたご遺体は864体。この内、ご遺族にお渡しできたご遺体が728体。まだ136のご遺体がご遺族と出会えずに遺体安置所に眠っております。
何という悲しみでしょうか。ご家族を失った方々の慟哭が今も聞こえてまいります。私も何度涙で言葉が詰まったことでしょうか。ここに心からのお悔やみを申し上げます。
今回の津波では、まちのリーダー格の皆さんが生命を落とされております。消防団活動や自主防災組織で津波の避難広報や避難所への誘導に当たっておられた方々です。自らの生命を顧みることなく最期まで市民の安全を守るために活動を続けた皆さまに心からの敬意を表します。
閖上の皆さん、そして下増田、特に北釜の皆さんがこれまで幸せに暮らしていたわが家を、巨大津波が一瞬にして奪い去っていきました。家も車も家財道具も、思い出も、何もかもを失った皆さまがいま、避難所生活をしております。未だに大変なご苦労が続いております。本当にお疲れのことと思います。私もあの日以来、私のスタッフと共に市役所の床で、ずっと寝袋での生活を続けております。
生き残った方々も、それぞれに大変な経験をされております。何人もの方々から、あの日経験されたエピソードを「本当によく生き残ったものだ」という感動と共にお聞かせ頂きました。本当にご無事で何よりでした。
あの巨大津波に襲われて以来、名取市は実に多くの皆さまに助けて頂いております。その善意は日本中から、そして世界各国から届けられております。被災早々、駆けつけてくれた地元土木事業者の皆さん、現場での捜索活動に欠かせない建設重機をあっという間に調達してくれた業者の皆さん、遠く名古屋から駆けつけ連日泥だらけになって行方不明者の捜索活動や、給水・避難所の炊き出しなどに携わって頂いている陸上自衛隊守山駐屯地の第35普通科連隊の皆さん、全国各地から応援に来て捜索活動を続けて下さっている緊急消防援助隊の皆さん、姉妹都市の上山市、新宮市の皆さん、給水活動や水道の復旧作業に当たって下さった水道関係者の皆さん。連日避難者の健康管理に努めて頂いている医療関係の皆さん、そして名取市社会福祉協議会を中心に連日活動を続けて下さっているボランティアの皆さん、全国から支援物資をお寄せ頂いた多くの自治体、企業・団体、個人の皆さん、そして義援金や復興支援のための寄付金をお贈り頂いた皆さん、本当にありがとうございました。
このように、全国から、そして市民の中から多くの暖かい支援が届く中、残念なことですが、わが名取市の中にこの災害の痛み、被災された方々の痛みを共有できない方々がいることに愕然とする場面もありました。災害現場から一歩外に出ると、これまでの生活と何ら変わることのない平穏な日々の生活空間があります。すぐ隣で起きた悲惨な事態が、まるで別世界であるかのような日常があることも事実です。どうか市民の皆さん、同じ同胞の、同じ市民の痛みを、悲しみを理解して下さい。感じて下さい。そして、今あなたに出来ることを躊躇せずに行って下さい。それは何時の日か、あなたに返ってくることになるのですから。
ご遺体の捜索活動が続く中ではありますが、復興への道筋も考えてまいらなければなりません。私たちは、市民の皆さまと共に、被災した私たちのまちを再び創り上げていくことを、しっかりと復興することをここに宣言いたします。創り上げましょう。我が愛するまち閖上を、そして愛する北釜を。
まだまだ道のりは彼方でありますが、きっと、新生名取を市民の皆さまと築いてまいります。私に何ができるのか。あなたに何ができるのか。名取市民の一人一人がその力を結集し、大きな力となるよう共に頑張りましょう。
この、なとりさいがいFM局「なとらじ はちまるいち」が名取の情報を伝え、名取の元気を伝え、それが一日も早い大震災からの復興に繋がりますよう願っております。このFM局の運営に皆さまのご支援、ご協力をよろしくお願い申し上げまして開局にあたりましてのご挨拶といたします。
ありがとうございました。そして、よろしくお願いいたします。


























